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歴史を専門的に学べる高校があります。

 長崎県立壱岐高等学校東アジア歴史・中国語コースでは、歴史学や考古学を深く学ぶことができます。ぜひfacebookをご覧ください。こんなに充実しているんです!

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 壱岐高校ホームページ→http://www2.news.ed.jp/section/iki-h/


生池城…倭寇の居城

16世紀中頃、中国沿岸部を襲った海賊倭寇のお城跡が壱岐にあります。(いわゆる後期倭寇ですな)


生池城。大将は源壹(みなもとのいち)。


壱岐・対馬・松浦は海賊倭寇で有名ですもんね。ゴム人間もなんのその。


城の周辺はお濠で囲まれています。


いやあ、生池周辺は古墳があったり、カッパ伝説があったりと、散策にベストですよ。


ぜひぜひ。


烽火…白村江の戦いを経て

663年、白村江の戦いで中大兄皇子ら日本の軍勢は唐・新羅連合軍に大敗します。


「もし日本に唐・新羅が攻めてきたら恐いっ!」

対馬、壱岐、そして博多に上陸するでしょうね。

そこで壱岐にはもし攻めてきたらすぐ伝達ができるように烽火がつくられた。

その一つが壱岐の岳の辻にあったと。


岳の辻にはいま再現した烽火っぽいものが設置されています。


東アジアの国際情勢は今も昔も日本にとって多大な影響がある。



ちなみに、烽火って、狼煙とも書くよね。


何で狼なんでしょ?



なんかね、狼のフンを燃やすといい煙が出るんて。だから狼煙。


フ〜ン。



うわぁ…


軍艦島〜渡り廊下つなぎ隊〜

長崎県にある端島(はしま)、すなわち軍艦島
かつて炭鉱の島として栄えた無人島です。


世界遺産登録を目指す、日本の近代化遺産の一つですが、あまりにも衝撃的なその景観から、ミュージシャンのプロモーションビデオや、映画の撮影などにも使用されています。(B’zや007など)

かつてここは世界一の人口密度を誇り、日本の石炭産業を支えた重要拠点でした。
現在よりさらに小さな島だったのですが、数度の埋め立てにより、面積は約6.3ヘクタール、海岸線の全長は約1200メートルとなっています。


現在、さまざまなツアーが企画され、限られた場所ですが上陸もできます。

↓さて、下に見えますは軍艦島幼稚園です。


・・・どこ?屋上です。当時人口密度最大の島。幼稚園は屋上に設置されていたのです。
↓屋上の幼稚園と横の住宅街をつなぐ渡り廊下


↓幼稚園ときたらお次は小学校です。


↓お次は病院。


↓さらに神社。


神社も屋上にあったのですね。

島内には映画館などもあり、休日はにぎわいました。

このような各施設と住民が住むアパートをつないでいたのがこの渡り廊下です。↓

↓島内のいたるところにあります。


軍艦島。その施設をそれぞれ確認した上でツアーに参加すると、当時の人の様子がうかがえて、歴史の流れを感じることができます。機会がありましたら、ぜひ、実際にその目で確かめてみてください。感動をお約束します。



端島   長崎県長崎市










 

中江兆民〜足軽の子、東洋のルソーになる〜

「中江兆民」(なかえちょうみん)

「東洋のルソー」といわれ、フランス啓蒙思想を日本に紹介した日本思想史に残る偉人。

彼の行動により、いっきに自由民権運動が加速することになります。

中江兆民は、土佐藩(現在の高知県)の足軽、中江元助(なかえもとすけ)の長男として生まれました。

彼の出生地がここです↓



偉大な思想家の存在を、ひっそりと伝えています。


中江兆民出生地  高知県高知市