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龍造寺隆信〜長崎にもおるんて戦国大名が知っとんね?〜


大河ドラマでは黒田官兵衛が話題ですが、ここ長崎県にも戦国大名がおりまして、

「龍造寺隆信」ご存知ですか?(意外と地元の戦国大名知らない子どもたち多いんですよね)

むか〜しむかしの戦国時代(室町時代後半〜安土桃山時代中半)、今の佐賀県から長崎県あたりを肥前国といいまして、そこを本拠地にしていた戦国大名です。

勇猛で有名だった龍造寺は、薩摩(鹿児島)の島津氏、豊後(大分県)の大友氏と争い、
「九州三国志」といわれる三つ巴の戦争にあけくれておりました。

その龍造寺隆信が産まれた場所が、佐賀県にあります↓


↓現在は公園になっています。石碑があちこちに…

でかい!

1529年出生の龍造寺は、大友軍8万をわずか5千の軍で打ち破るなど、そも武名は天下にとどろきます。

しかし1584年、島原の沖田畷(おきたなわて)の戦いにおいて、有馬晴信と手を組んだ島津氏に敗れ、この世を去ります。

戦国ブームになって久しいですが、ぜひ地元の戦国大名についても、
特に長崎県の子どもたちには知っておいてほしいものです。


龍造寺隆信生誕地  佐賀県佐賀市















 

ポルトガル人のお引っ越し〜平戸→横瀬浦→福田→長崎〜

我らが長崎は、戦国大名大村純忠の手によってポルトガル人のキリスト教会派「イエズス会」に寄進されます。そんでイエズス会は長崎に布教しまくって、教会がたくさんつくられて、まるで長崎は外国のごとなるとやけども、そこにいたるまでにポルトガル人は長崎県内の港を転々としてるんやね。

お引っ越しにつぐお引っ越し。
ポルトガル人は、キリスト教布教の根拠地になる場所が欲しかった。

1550年、ポルトガル人、まずは平戸にやってきた。

平戸の領主の戦国大名は松浦隆信。隆信は貿易大好き。でもキリスト教は好きじゃない。「家臣たちはキリスト教に入ってもよかばってん、おいは入らんもんね〜」

↓松浦隆信像「キリスト教なんかにゃ入らんきゃ〜」


そうこうしているうちに平戸市内でポルトガル人と日本人がけんかをしてしまい、仲は最悪に。「平戸じゃやってられないネ〜!」ポルトガル人、お引っ越し。

1562年、続いてポルトガル人は西海市の北側、横瀬浦にやってきた。

横瀬浦の領主の戦国大名は大村純忠。「どうぞご自由につかってくださいな!そしてたくさん武器やら何やらば売ってください☆」そしてどんどんポルトガル船がやってくる。

↓横瀬浦

↓南蛮船(ポルトガル船)来航の跡 ここにポルトガル人たちはやってきた!


純忠、必死です。もう貿易したくてしたくてたまらんのよ。いつ自分がライバルの戦国大名に倒されてしまうかひやひやしとるから、ポルトガル人とがっちり結びついて、貿易をばりばりやりたい。で、何と大村純忠は、ここ横瀬浦でキリスト教に入ります。日本最初のキリシタン大名(キリスト教に入った大名)の誕生です。洗礼名はドン・バルトロメウ。

そこまでしてでも誠意を見せる必要があったんやろね。「僕はキリスト教大好きですよ!だから貿易しましょ〜!」ってね。事実、最初は形だけのつもりだった。入るのは入るけど、貿易することが目的だから、別にキリスト教を信じるわけではないと。

しかし純忠、まさに「純」粋に「忠」実にキリスト教にはまっちゃうんですね〜。もうキリスト教が大好きになる。「お前らも信じなさい!」自分の嫁・息子・家臣達にもキリスト教をすすめるすすめる。さらに自分の領地の神社・お寺・仏像を破壊しまくって燃やし尽くしてしまいます。

でもどがんしたっちゃキリスト教信じないやつは信じないわけで、「殿にはもうついていけんばい」と思った家臣たちは純忠を裏切り、敵の大名側についてしまうやつらも増えた。

そんなこんなで横瀬浦。貿易港としてにぎわいそうだったんですが、純忠の敵の大名に襲われて火をつけられ、火事になってまる焼け。はい、おしまい。

ポルトガル人、さらにお引っ越し。

1565年、福田にお引っ越し。そして1570年、長崎にお引っ越しするんですな。
そのころの長崎港らへんは人口2000人もいなかった。さびれた村だったんですよ。そこにポルトガル人がやってきて、貿易・布教がばりばりおこなわれて、繁栄していくんですな。

↓長崎開港記念の碑。長崎市役所横にあります。


長崎としては、1570年の開港は記念すべき年なんですね。長崎開港400周年を記念して、1973年に長崎日本ポルトガル協会と在長崎ポルトガル国名誉領事館から寄贈されたものです。26聖人記念館の前館長の方の文が刻まれています。見つけにくい場所にありますが、探してみそみそ。

↓南蛮船来航の波止場跡

当時はここに港がありました。ポルトガル船はここに上陸したと。今は埋め立てられており、まさかここに船がきてたんかい!?って感じです。

その後純忠は長崎をキリスト教に寄進、長崎はおおいに栄えるんですが、秀吉がやってきて・・・。長崎の運命や、いかに!?


松浦隆信銅像 松浦史料博物館内  平戸市鏡川町
南蛮船来航の跡  西海市西海町横瀬本郷字町ノ辻
長崎開港記念の碑  長崎市桜町 長崎市役所横
南蛮船来航の波止場跡  長崎市江戸町 長崎県庁近く

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